からだの声を聴くということ・その3(完結)

写真は、実家のワンコ、カクさん(本名:角之進)。

先日、ちょっとの隙に脱走。何度か脱走経験ありのこの子、行く先は毎回決まっているそうですが、

そこが某行政機関の広大な敷地なもので、いつも大騒動なんだそうです。

色んなところに色々お世話になりました。本当に帰ってきてよかった。

その日のカクさん。呼んでも来ないし目も合わせない。わかってるんだよね。


さて、昨日の続きです。

前回まではこちら⇒からだの声を聴くということ・その1

         からだの声を聴くということ・その2

今回の痛みで、ここ最近のことを思い返してみて、 

自分にそんなに強い怒りの感情なんて今は無いけどな、と思ったのですが、 

1年前の救急車騒動の時の痛みを思い出して、 

そういえばあの時期は、北海道に帰ると決めたことに関して、 

子供たちのことや夫のことや、自分の色んな感情が、処理しきれてなくて、

色々封印していた時期かもしれないな、ということも思い出して、 

そういえば、未消化と言えば、今、まだ手をつけていないことというか、

ほったらかしにしていることが、そういえばあるな、その原動力は確かに怒りだな、

それだな、 ということも芋づる的に思い出し、 

これはすぐの解決には繋がらないけれど、忘れたふりして封印してはいけないな、 

ちょっとずつリリースする方法を見つけないとな、と思い直しました。


胃のあたり、みぞおちの「からだからのメッセージ」は「決断、選択」。 

私は、なんの決断も選択もしないまま、未消化のままの怒りの感情があった、 

そして、その怒りの感情を、大事にしまいこんでいるのだ、 

解放してあげることは、とても難しいことだし、手放せるかどうか、ちょっとわからない、 

でも、認識してあげないと、こんなふうにどのタイミングで噴出するかわからないんだな、と。 

怒りの感情があることは認めたのだし、解放すると、遅ればせながら、決断したのだ、と。 


「怒り」って、決して悪いことではない。 

自分の気持ちを感じてあげること、ジャッジしないこと、認識すること。 

というタッキー先生からのお話を思い出したところで、ようやくスッキリしました。 

少しずつ少しずつ、感じるだけでも、ものの見方が違ってきます。 

本当に、同じ毎日は無いのだよと、1年前の痛かった私に教えてあげたいです。 


あとこれに付随してちょっと思ったのが、 私、

からだ占いはイベントや知人への「からだ学ひろめ隊活動」などの実践で結構身についてきたけど、

 からだ学の方、「からだの症状から読み解く」の方、出来てないんだよな、 

連続講座でまだちゃんと「腑に落ちて」なかったんだな、 ということも再認識しました。 

ちょっと今、色んなフラクタルで「からだ」というものをもっと学びたい衝動に駆られています。 

今のタイミングで、出来ることは色々やってみようと言う気持ちになっています。 

学びたい欲、これも忘れないうちに開放してあげないと(忘れちゃうから、忘れっぽいから)。 


今回、痛かった時はびっくりしましたが、自分のこころとからだに向き合うことが出来て、

学ぶことが出来て良かったと思います。 

いつもわたしのために動いてくれてる筋肉さんたち、ありがとうございます。 

もうちょっとしなやかな筋肉になれるよう、 

とりあえず、11月に予約している「背骨コンディショニング」はマストとして、 

さあ、ヨガでもやるかな、ピラティスとかどうかな。 

いや、この運動不足が標準装備の私にはいきなりはハードル高いな、

ラジオ体操くらいから始めようかな。 

いやまず座るだけのバランスボールとかかな。 

ちょっとずつ、ですが、できるところから変えていこうと思います。 

自分と、自分のからだを愛するために。 


おわり。長々と失礼いたしました。

カウンセリングルームイルカ〜こころとからだはつながっている〜

カウンセリングルームイルカは、量子漢方薬局ルナの『からだ占い®』部門として、 「からだからのメッセージ」を受け取るツール『からだ占い®』を気付きの種としてお配りします。  からだへの愛おしさを感じ、自分自身を知り、 それぞれのからだの役割を知り、  運命を自分らしく切り開いて欲しいのです。 こころとからだはつながっています。 一緒に、自分と自分の大切なひとたちのこころとからだを元気にしませんか。 

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